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父の目の前にコップを差し出すと、やっと気がついたようで真剣だった表情が柔らかく緩んだ。
「おかえり紫乃。紅茶ありがとう。」
そういって紅茶を上品な仕草で飲んだ。
しかし、奏詩は紫乃の様子がいつもと違うことに気がつく。
「どうしたんだい?すごく楽しそうというか、嬉しそうだね。入学式で何かいいことがあったのか?」
しかし紫乃は考えても理由は分からない。
「…うーん…なんかあったかなぁ?」
奏詩はニコニコしながらその様子を見ている。
(とても大学生には見えないな。)
と、紫乃の仕草に親ばかぶりを発揮していた。
「あっ!!わかった!分かったよお父さん!!」
「なんだった?」
「あのね、帰りの電車の中でね、痴漢がねいたんだけど、かっこいい男の人が助けてくれて、頭ポンポンしてくれたの
」
紫乃は、父以外に頭ぽんぽんされたことがなく(奏詩がさせなかった)、初めてほめられた子供の如く喜んでいるのである。
だがしかし、娘を溺愛している奏詩にとっては大事件だった。
バリーンというコップが割れた音と、いきなり立ち上がったために楽譜と歌詞カードが床に散らばった。
「ちょっ!何してんのお父「俺の可愛い紫乃が…痴漢未遂にあったあげく触られただと!?その助けたという男の方が紫乃の体に触るなんて痴漢じゃないか!!」
紫乃の言葉を途中で切って、いきなり大きな声を出した奏詩は、そのあと物騒な独り言を言いながら、自室へ帰っていった。
(このコップと紙たちをどうにかしてから部屋にいけばいいのに…)
軽くため息をついて、片付けに集中した紫乃は一人、そう思うのだった。
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