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◆◇◆
結局、その日は義経の屋敷に泊まることになった。
俊孝にしてみれば、仇敵の家に泊まるなんて不本意この上ないが仕方ない。
「はぁー…」
借りた部屋で、俊孝は溜息をついた。
義経を夜討ちでもしてやろうかとも思ったが、やめておこう。
あの調子じゃどうせ、気付かれて返り討ちに遭うのがオチだ。敵うとは思えない。
…何をしているのだろう。
今の自分は。
心の中がもやもやとしている。
と、妻戸(つまど)や蔀(しとみ)の隙間から月光が漏れているのに気付く。
今宵は満月のようだ。
俊孝は、妻戸を開けて部屋の外に出る。
その場の簀子に腰を下ろし、高欄(こうらん)に腕を掛け、空に浮かぶ満月に目を向けた。
…綺麗、だ。
昔は父と盃を酌み交わしながら、月を眺めつつ話をしたりもしたものだ。
だが、父が死んだ今では遠い思い出に思える。
「……」
人の気配と足音が近付いてきた。
そちらに自然と俊孝は視線を移した。
「…光風」
「あ、延寿。…綺麗な月ね。隣、いいかしら?」
「構わない」
「じゃあ」
光風は俊孝の隣に腰を下ろした。
座る際に、光風の裾の長い着物が僅かに体に触れ、俊孝は少しどきっとした。
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