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「…あのね」 光風が唐突に口を開いた。 「文(ふみ)でね、母様に『病気が治ったのなら、帰ってきたらどうか』って、言われたの」 「…へぇ。実家は何処なんだ」 「一応、この近くなの」 「え、じゃあ…」 「……あんまりね、帰りたくないの」 「…え」 光風の僅かに沈んだ声に俊孝はそちらを見た。 俯き加減の光風の顔は、月明かりの下で見てもわかるくらいに沈んだ表情を見せていた。 「何故?」 「……勿論、母様と会いたいなって気持ちもなくはないの。でもね…帰れば、結婚とかも考えないといけなくなるし、…色々面倒だから」 「…ふぅん」 結婚、か…。 「延寿には、その歳なら相手とかいるじゃないの?」 「ん、ああ…」 俊孝の顔に少し陰りが見えた。 初夏の温(ぬる)い風が二人の体を撫で、庭の木々を揺らした。 「…いたことは、いた」 「…『いた』?」 「今はいない。…親が決めた相手がいたんだ。だが、結婚が決まった次の日、…その娘は彼岸に渡ってしまったそうだ」 「え」 「元々、心の臓に病があったらしい。その発作だと。…共寝するどころか、顔すらも合わせたこともなかったがな」 「そう、だったの…」
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