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「父上、父上も共に某と行きましょう!今ならまだ」
「ならぬ」
「何故です!?」
俊孝は、父の瞳を真っ直ぐに見据えた。
その眼差しに耐えられず、父は目を逸らした。
「早く行け。奴等がこちらに来るのも、火が回るのも時間の問題であろう」
「ですが…!」
遠くで、火の爆ぜる音と、自分達以外の人の声、そして鎧の音が聞こえた。
此処も直に奴等が来る。
「早く行け。――花江(かえ)と、咲江(さえ)を頼む」
「……」
俊孝は俯いたかと思うと、顔をバッと上げた。
決意をした顔だった。
「…父上。どうか御体は大切になさって下さい。――では」
俊孝は父に背を向け、部屋を走り出た。
足音が次第に遠ざかり、やがて火の爆ぜる音に消された。
「…そなたも、達者でな」
父は、俊孝が置いて行った短刀を抜いた。
刃を首の横に押し当てる。
今までの記憶が、思い出が、浮かんでは消えた。
この間までは、年を越すことさえ危ういだろうとまで産婆に言われるような、か弱い乳飲み子だったのが、今では元服してもう十七になるか…。
鎧の音と足音が近付いて来る。
――敵の手に辱められて殺されるくらいなら。
父は意を決して、自分の首の横に押し当てた短刀を一気に引いた。
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