懐旧

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 また寝ているんだな。辟易した彼女はまた、今日も言う。  彼此どれぐらいこのような文字通り、起臥するだけの生活を続けているのか、考えても見なかった。  あれはどれくらい前のことであろうか。  それこそ米作り一筋、先祖代々米農家の我が家を逆遇した、減反政策。  始めの内は奨励金も出されたし、転作も試みた。  然し、次第に奨励金も出されることは無くなり、慣れない別の作物への転作意欲も削がれていった。  農神様でさえどうすることも出来なかったのであろうこの政策は、辛くともそれはそれであった、我が小村の活気すら削ぎ、深閑とさせた。 「まんず、今度は橋んとこのおんちゃんさ死んだんだど」  主婦達の噂話が外から聞こえる。きっと、事実であろうが、噂で終わって欲しい。橋の袂のは古くからの友人だ。  そういえば最後に会ったのは一昨日、将棋を差した時だったか。普段から余り話す奴では無かったが、何時も戯けた様なことをしては、私を笑わせる様な奴であった。だが、あの日は違った。何処か余所余所しく、今までに奴と将棋を差して勝った試しの無かった俺が立て続けに勝ったのであったから。  碁は何時もまず私が勝つのだが、奴は直ぐに悔しさが顔に出る奴であった。だが、あの日は得意の将棋で負けても、負けても、ずっと微笑んで私を見ていた。  相当切り詰められていたのだろうか。奴の妻もつい先日倒れ、そのまま亡くなったと聞く。良い棺すら買ってやれないと嗚咽していた、あの時の奴の顔が忘れられない。
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