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とりとめのない会話で、一時間が過ぎた。
男は席を立ち、財布を出す。
「ありがとうございました。ご馳走さまでした」
「こちらこそありがとうございます」
札と小銭で支払いを済ませ、男は傘立てから黒いナイロン傘を抜き、ドアを開けた。
雨は親の仇のように激しく降り注いでいる。
「また、近くまで来られたらお寄り下さい。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
首を正面に向き直し、木製のドアから手を離す。
しかし、ドアは閉まらなかった。
振り返ろうとした男の首に鋭い痛みが走り、手で押さえながら見ると、包丁を握ったマスターが立っていた。
包丁は鮮血で赤く染まっている。
マスターの目は見開かれており、男の身体中を切り刻んだ。
「お前らがバカ騒ぎして救急車を使ったから、良子には間に合わなかったんだ!」
マスターは何度も何度も男に切りつけた。
〈バーにて・完〉
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