302人が本棚に入れています
本棚に追加
/181ページ
北海道苫小牧。
祖父が始めた牧場は、それほど広くないものの、一家6人と5人の従業員とその家族が暮らすには十分な収入はあった。
朝食も終わり、母はキッチンで洗い物をしていた。
ダイニングテーブルの上に残ったままの皿を取りながら、母はふと顔を上げる。
視線の先…
リビングの暖炉の上にはスキーウェアを着て満面の笑顔でトロフィーを抱えた小学生の写真が置いてある。
「隆弘11才。子供スキー大会にて」
写真にはそう添えてあった。
母はしばらく写真を見つめると再びキッチンへと足を向ける。
『竹内牧場』
そう書かれた看板の前に1台の黒いセダンが停車した。
母は人の気配を感じ、キッチンの窓から外を覗く。
セダンから歩いてくるのは濃緑色のスーツに制帽を被った男が2人。
母はその2人のスーツの黒い腕章を見つけた瞬間からしばらくの記憶が全くない。
ダイニングでコーヒーを飲んでいた長男の話に依れば、母は窓を見つめたまましばらく動かず、チャイムの音にも虚ろ声で微かに返事しただけであった。
玄関で男達から言葉をかけられ、母はその場に座り込んで号泣したと言う。
その光景を見た長男は全てを理解した。
「そっか…死んだのか…」
最初のコメントを投稿しよう!