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男は新たなハーケンをビルの壁に打ち込んだ。
250階にさしかかっていた。
この登攀を始めてから3日が過ぎようとしていた。
男の瞳は雲の先にある頂上の方角に向けられていた。
その脳裏にはかつて自分が征服した山々が蘇る。
男はそれらの山々で神と呼べるものと遭遇してきた。
今回もあの雲の先にはそれが存在するはずだった。
やがて、
霧が深くなった。
ビルの中に住む人々は窓の外の登山家を見て、
誰もが笑っていた。
正常な人間ならばするはずのない、
この登山家のバカげた行為を物笑いの種にした。
大勢の住人たちがその窓の周りに集まって、
この狂気の登山家の動きに注目していた。
男のかつての数々の偉業を噂する者もいれば、
その男が今や過去の栄光にすがる老人でしかないことを噂する者もいた。
その時、
ぷっつりとザイルが切れた。
一瞬のうちに登山家は落下した。
住人たちの見ている前でその体は見る見る小さくなって、
霧の中へ消えていった。
それは散っていく花びらのようだった。
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