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男の顔は恐怖にひきつっていた。
だらしもなく歪んだ顔を整える余裕もなく、転びながらコンクリの大地を引っ掻く。
腰を抜かしている為に、何度も何度もコンクリを引っ掻く。そのうちにいつの間にか爪は剥がれていた。
それでも死にたくないという意思は強いらしく、転んでは起き上がり転んでは起き上がりという作業を続けている。
新宿西口から南口へ向かう途中の裏路地に転がるように逃げ込むと、男は換気扇から送られてくる生ゴミの腐ったような空気をめい一杯吸い込むのだった。
そして、改めてゆっくりと生きている実感が湧いてくる。
何故か無償に笑いたい気持ちが込み上げてきた。口元が右側につり上がり、顔半分だけ笑っているような状態になる。
『カラン』
一瞬にして笑みは消え去るのだった。
即座に音が鳴った方向に目をやる。怯えた瞳で。
すると、こちらをジーっと黒猫が見詰めていた。それも綺麗に礼儀正しく座って。
「ミャー」
「なんだよ……。驚かせるなよ……」
「……そうね。驚かせてごめんなさい」
背後から耳元にそっと優しく語られた。その言葉に反応する前に、男の意識はテレビの電源を切るようにプッツリと途絶えた。
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