『千の夏に連れられて』

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その日はそこで別れた。 結局、ハッキリしているのは名前だけで他は怪しいものだ。 一人で住むには広すぎる一軒家。 父が遺した財産の一つだ。 リビングのソファーにだらしなく横になると、おもむろに携帯を操作し始める。 令士が携帯を初めて買ったのは三年前だ。 とある事情から、いつでも連絡出来るようにと購入したのが最初。 最初の頃は驚くほど使う機会があったのだが、その機会も次第に減った。 今では完全に持っているだけだ。 「アドレス帳も、ほとんどが弁護士とかだもんな……」 普段から近寄りがたい雰囲気を纏っている令士。 友人など指折り数えれる程度。 令士同様に周囲からは浮いている変わり者ばかり。 連絡を積極的に取り合うような連中ではない。 「あれ? 無いぞ?」 アドレス帳の中身を確認するが、あ行にあるはずの『大倉千夏』の名前が登録されていない。 名前の千夏でも探してみたが、それもない。 登録ミスったのか。 だったらラッキーかもな。 「――いや、向こうの携帯にはこっちのが登録されている、か」 まぁ、原因は全部向こうにあるが、一応携帯を拾ってくれた恩がある。 用事もないことだし。 明日は、出かけることになりそうだ。 不本意ながら。 夢を、見た。 また同じ夢。 誕生日に死んだ母。 同じ季節に死んだ父。 押し寄せる醜い金の亡者。 そして―― 扉を蹴り壊した破天荒な少女―――― 「……余計なオマケが追加された」
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