『千の夏に連れられて』

9/13
前へ
/37ページ
次へ
次の瞬間、男の体が宙を舞った。 何が起きたのか分からない。 千夏の腕を掴んだ男が、まるでアクション映画のワンシーン――ワイヤーアクションで不自然に飛ばされるかのように吹っ飛んだのだ。 「…………え?」 令士の胸ぐらを掴んでいた男は、目の前で起こった信じられない光景に、掴んだ腕の力を思わず緩めた。 その一瞬を見逃さず令士はその拘束を外した。 「あ、テメェ――」 それに気付いた男は反射的に拳を突き出そうとして―― 横からきた何かに逆に吹っ飛ばされた。 (数秒前に同じように吹っ飛んだ光景を見た気がする――) 目の前で立て続けに起こった光景。 「……お前、何をやった?」 「ちょっとした護身術よ」 当たり前とでも言いたげなニュアンスで千夏は言った。 「さて、ちょっと早いけど行きましょうか」 昨日屋上から令士を連れ出した――正確にはその後蹴り飛ばした――時のように腕を掴み、強引に引っ張って駅へと連れ込まれた。 (切り替えが早いというか、マイペースというか……) 駅に入ると千夏は令士へ切符を渡した。 予め買っておいたらしい。 (一体いつから待ってたんだ?) 今朝七時に電話をよこしたが、まさかその時には駅にいたのではないか。 まさかと思いつつもその可能性を否定できない。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

129人が本棚に入れています
本棚に追加