『千の夏に連れられて』

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電車に揺られること三十分弱。 「次で降りるわよ」 「は? 海岸前駅はその次だぞ」 「ったく馬鹿ね、ただでさえ暑いってのに混雑している所に行ってどうするのよ。私たちが行くのは最高の穴場スポットよ」 「ふ~ん」 「もっと感激したらどうなの?」 「そもそも、海なんて小学校の遠足以外で来たことねぇよ」 本当なら行く予定だったのだ。 三年前に父と初めての海水浴に。 「なら尚更一般の海水浴場なんて行けないじゃない。あんなのはね、海水浴じゃなくて芋を洗うって言うのよ」 「テレビで見たことはあるよ。迷子が多いだの、盗撮魔が出るとかで無駄に騒いでいるのを」 そこで起こるトラブルが一種の夏の風物詩のような扱いだ。 二人が降りたのは観光に力を入れているこの次の海岸前駅とは違う、駅舎もそろそろ修繕が必要だろうというやや寂れた駅。 降りるのは、二人しかいない。 「さて、行くわよ」 「はいはい」 駅を出ると熱でアスファルトがゆらゆらと歪んで見えた。 これは、相当暑い。 そういえば、千夏はかなりの薄手だが日焼けとか大丈夫なのだろうか。 「二十分くらい歩くわよ」 さほど気にする様子も見せずに歩き出す千夏。 まぁ、事前に日焼け止めを塗って来ているのだろう。 「それにしても、っとに来る度に思うけど、人がいないわね」 先を歩く千夏が呟いた。 「そうなのか? 無駄に暑いから、揃って建物の中で涼んでいるんじゃないのか?」 「だったら良いんだけど、ね。この辺りは過疎化が進んで年々人口が減ってんのよ。隣の海岸前駅付近も店ばかりで家はほとんど無いし」 観光地なんてそんなものだ。 外から人を呼び込むのは結構だが、働き手も外から呼ぶ。 昔ながらの店は流行りの店に客を持っていかれ、次々とチェーン店化するか潰れるかだ。
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