『千の夏に連れられて』

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そう、夏が嫌いだ。 令士が生まれたのはこの夏だ。 獅子座に生まれたから名前はレオ。 単純だ。 そんな令士が最初に夏が嫌いになったのは彼が五歳の時だ。 五回目の誕生日。 母が死んだ。 元々病弱だったのだが、夏バテで体力が低下した所に体調が一気に悪化したのだ。 それ以降、矢城家では長男である令士の誕生日を祝っていない。 そして二度目――令士の夏嫌いを決定付けたのが三年前。 父親が死んだ。 母が死んで以来、昼夜を問わず仕事――執筆活動に没頭していた父親。 それが三年前。普段一人だった息子への罪滅ぼしにと、旅行を企画したのだ。 来年の夏休みは高校受験で忙しくなるだろうからと。 その旅行の前日。 父は交通事故に巻き込まれ、この世を去った。 葬式やら何やらでゴタゴタしたのは今でも夢に見る。 決まって夢の最後には、使うことのなかった旅行バッグと、綺麗に包装された箱。 今まで祝えなかった分も込められているのか――未だに開けられていない箱。 そんな悲しみを感じる間もなく、彼を襲ったのは醜い遺産争いだった。 名前も顔も知らない連中が連日押し寄せてきた。 ――そこで彼は目を覚ます。 「夏を満喫したけりゃ、夏が好きなやつを探してくれ。俺は夏が嫌いだ」 「だったら、好きになれば?」 呆気ないほど、千夏は令士のトラウマを抉った。
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