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「じゃあ、幸村くん。改めて自己紹介を…」
一段落着いた今、春輝は教壇に立っていた。が、クラス中の春輝への興味津々な視線は変わらない。
そんな期待を一身に受けながら、春輝は自己紹介といういささか面倒な行事に、嫌な顔を見せる。
「…幸村春輝。二ノ宮高校から来た」
「………」
顔が皆に見えない様に俯かせ、簡潔にそう述べる。別に春輝が顔が悪かったり、恥ずかしがりやな訳ではない。
むしろ顔はかなり美形な部類に入るし、勿論恥ずかしがりやでもない。
では、彼が顔を見せたくない理由は何なのか。それはすぐ後に分かることになるのだが…。
そして、クラスを静寂が支配する。
クラス一同は春輝がまだ何か喋るのかと。
春輝は面倒くさいから速く終わらないかと。
担任はこの場をどう取り持とうかと。
皆が皆、それぞれの理由で静寂に身を委ねる。
そんな時間が十数秒経った時、
「もう…終わり?」
担任の教師が堪らずにおずおずと、春輝に問いかけた。
春輝は悪びれもせずに頷くと、教壇を降りてつかつかと歩き出す。勿論顔は俯かせたままで。
「…もういいでしょう。俺の席はどこですか?」
自分の焦りを隠す為に、あえてゆっくりとした口調で話す春輝。
しかし此処で、彼が最も恐れていた事態が起こった。
…まるで時限爆弾のスイッチが押されたかの様に───
「二ノ宮高…幸村──。
…!もしかしてお前、『黒猫』の幸村か!?」
突如教室に響く男子生徒の声。
自らが最も敬遠していた事態の勃発に、春輝は大きなため息をついた。
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