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朱里は、メイクやスタイリングで完璧になった自分の姿を鏡に映してみた。
ぱっちりとした瞳、思わず触りたくなるような頬、噛み付きたい衝動に駆られる唇。
なるほど人の目を引いて仕方がない《歌姫》がそこにいる。
「……ねえ、あたしは一体誰なの」
隙なく巻かれた赤みがかった髪。
それを引っ張ってぐちゃぐちゃに乱してしまいたい欲求が胸に渦巻いて、朱里は思わず笑いを漏らした。
人の目に触れる度、心のどこかが壊れて行くのは自分が一番よく判っている。
補う為に声を上げて歌い、また人の目に晒されに出て来る。
終わりが来るその日まで、ルーティン・ワークを続けなければならないのだろうか。
朱里は溜め息をつくと、かたいパイプ椅子に座った。
終わる日など、来てはいけない。
昔のような虚しい日々よりはいくらかましだと言い聞かせて、落ち着きを取り戻す。
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