歌姫の憂鬱

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   1時間の歌番組の中、歌を流して貰う為に必要な時間は3分間。  収録の為に必要な時間、2時間。  もう少し効率よくならないものだろうか。  収録を終えた朱里は、パーカーにジーンズというラフな格好に着替えると、大きなサングラスをかけた。  テレビ局の駐車場からそのまま車で出るから必要ないのだが、出来るだけ人と目を合わせたくなかった。 「朱里、済んだか? 次、スチール撮りだから寝るなよ」  チーフマネージャーの九鬼和哉(クキ カズヤ)が、パーカーのフードを頭に被せながら鏡を見る朱里を急かす。 「判ってるって。行こ」  グロスを落とした幾分幼い口唇。  それでも充分、和泉朱里だと判る。  整形でもしない限り、自分を見逃してくれる人間は日本のどこにもいない気がした。  何となく憂鬱な気分になりながら、朱里はフードを外し、ボロボロになったスポーツブランドのロゴの入ったキャップを被り直す。 「また、それ? いい加減に新しいのにしたらどうだ?」 「アタシ、これがいいの」  九鬼の溜め息を上の空で聞きながら、朱里は廊下の壁にぴったりくっつくように歩き出した。  と、前の方が少し騒がしい。 .
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