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「じゃあ、信号待ちになるよう車出すから。朱里、さっさとあっちの車に乗るように。見えるか? あの、黒のセダンな」
どうやら貴文に引き渡されることになった朱里は、ほっとした反面また緊張しながら頷いた。
「明日のツアーのリハは午後からだから、午前中のうちに電話してこいよ」
「ファイト」
勝手にことを進められ、九鬼と順子を責めたいところだが、貴文と話したかった気持ちがそれに勝るのも、また事実。
決断より先に状況が転がるのが、自分の人生なのかも知れない。
そう考えたら、どうにかなるだろうと思えた。
貴文に逢いたい。
話を、したい。
たったそれだけのことが叶わずにいるうちに、たったそれだけのことがなにより怖くなっていた自分の方が、どうかしていたのだから。
100メートル程先の信号が赤になると、九鬼はゆっくりと車を出した。
同時に、鼓動が跳ね上がる。
どくどくと脈打って、そのうち胸を破って飛び出してきそう。
朱里はスポーツキャップを深く被ると、ドアに手をかけた。
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