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四畳半、六畳、台所、浴室といった築二十年になる家があった。両親に早くから死なれ、四十男の侘び住まいである。縁側に座ると用意しておいたポットでコーヒーを作った。ドリップ式でこされた液体が良い匂いをたてている。巧の作った細長く底の丸いコーヒー・カップにそれは注ぎ込まれた。焼きしめの茶色に自然灰の緑色が細かく散ったもので、巧が気に入っているカップだった。明日は日曜日、デイケア・ハウス「囲炉裏」の陶芸部の講師としてボランティアに行く日だった。若手陶芸作家として、ささやかなりとも生活のできる巧にとって、月二回のこの講座は自分の亡くなった両親ほどの年配者相手の、心休まる生活の場でもあった。明日は練りこみを創る予定だったと巧は思いながら、コーヒーを飲み干した。練りこみ用の土を作っておかねば。巧はプレハブに戻ると、信楽の土を取り出してロクロの上に置き、ついで釉薬の置いてある棚からベンガラをひと包む取り出した。信楽の土を切り糸、通称しっぴきで細かく裁断すると、そこにベンガラをまんべんなく撒いていく。巧は少し手に水を湿らせて、おもむろに粘土を練りはじめた。手が真っ赤になる。粘土はしだいに一塊となって黒い信楽の土が赤みを帯びてくる。その塊が菊花模様に練られ始める。巧は十分程練ってから塊の半分ほどをしっぴきで切って、内側までベンガラが混ざりこんだ事を確認した。うまくいったようだ。巧はもう一度半分に切った塊をひとつに練り上げて、ビニール袋に包み込む。これで明日の準備ができた。
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