悠子

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「この道」から午後の部は始まった。食後のこともあって、会員達はリラックスして演奏することができた。そして「ペチカ」まで無事に終えることができた。それから悠子は遠藤と一緒に舞台に立った。発表会の終わりの挨拶を過不足無く行って、悠子は会場を見た。会場の全員も観客の中に混ざって、悠子の演奏を待っていた。悠子は亡くなった母がもう少し長生きしてくれれば、この発表会が見られたのにと残念に思った。その時、悠子は会場の隅に立っている、父親の武の姿を見つけた。この発表会を見に来てくれたのだという感慨が、悠子の胸を熱くした。朝出かけるときには普通に送り出してくれた父であった。武は娘の晴れの舞台を、自慢そうににこにこと見守っていた。受付のミッちゃんも、所長の甲斐も顔を出していた。悠子は、それとなく隣に座った遠藤に合図をした。遠藤がアランフェス協奏曲の第二楽章のBマイナーの和音を弾き始めた。遠藤の伴奏に身を任せるように、悠子は万感の思いを持って哀愁あるアダージョのフレーズを弾き始めた。
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