翔太

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翔太はビリヤード・テーブルの上に自分のキューを置いて、白いボールを取り上げるとクロスと同じ布切れで丁寧にチョークの跡を拭き始めた。拭きながら壁掛けの時計を眺める。三時半をまわっていた。今日はこれまでだなと思いながら、四つの球を集めて皮でできた細長いケースにしまった。それからもう一台ある四つ球テーブルのクロスを丁寧にブラシをかけた。このテーブルの壁には一枚のリトグラフが飾られていた。なんでもフランスの現代画家クロード・ワイズバッシュという人の作品らしい。題名は「夢」となっていた。この縦七六センチ横五六センチの画面には二人の人物が描かれており、一人は馬に一人は驢馬に乗っている構図で、馬に乗っている人物は左手に槍を持っていた。紛れも無くそれはドン・キホーテとサンチョ・パンサを表現したものであった。全体的に褐色のパステル・カラーの色調の中で、右手上部の白紙には風車に向かって疾走しようとしているもう一人のドン・キホーテの線描画が影のように描かれていた。この部屋に初めて来た時に、翔太は自分の持つビリヤードのキューとドン・キホーテの槍の奇妙な一致にすぐさま気がついて、施設長の山本の洒落っ気を過不足無く評価したのだった。
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