翔太

4/29
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/82ページ
翔太がこのデイケア・ハウス「囲炉裏」のビリヤード部の講師になってから八年が経つが、体育大学に通っていた頃が昨日のように思われた。まさか授業で取っていたビリヤードが自分の職業になるとは思ってもみなかったのである。卒業したらどこかの高校の体育教師にでもなろうと考えていたのであった。ビリヤードの成績は決して悪いものではなかった。県下の大会に出ても五本の指の中に入るほどの実力があった。「囲炉裏」の施設長の山本淳蔵が自分の孫のような年齢の翔太の何処を気に入ってか、学生生活最後の県大会の終わった時にこの就職の話をもちかけてきたのだった。その時の大会は翔太にとっては不本意ながらも六位だった。何故一位の選手を選ばなかったのか不思議に思ってそのことを口にすると、山本老人は一位、二位の選手は自分の成績から日本のプロの選手にと向上したがるものだ。六位くらいが丁度良い、というようなことを言ったのだった。こうして翔太は年末年始の六日間を除いて、午前十時から午後四時までの毎日をこの「囲炉裏」の講師として務めることになったのである。他の部のボランティア講師と異なって待遇は正職員ということになった。若い翔太にとって休みが無いという自分の時間が制約されることに少し抵抗感があったが、それでもプロには違いないと、どことなく妙な気分で納得していた。
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!