翔太

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「翔太さんお疲れ様、今日はもうあがりですか」と受付の光世は言った。施設に来る皆からミッちゃんと呼ばれているこの女性を、翔太は田代さんと苗字で呼んでいた。同じ職員であるし、相手は翔太よりも何歳か年下の人であったが苦手だった。しかしミッちゃんが翔太のことを木場さんと呼ばないことに、翔太は彼女の親しみの表現として満足していた。実は翔太はミッちゃんに少なからぬ好意を持っていたのである。翔太は「囲炉裏」と書かれたトレーニングウェアを普段着に着替えて事務室に戻ってきたところであった。「今日は雨降りだし、これ以上お客さんはこないと思って」と翔太は応接室のソファーに座って窓の外を見た。まだ少し激しい雨が降っていた。「囲炉裏」を出ると翔太は、今日は新宿に行こうと思った。久しぶりにフラメンコを見たくなったのであった。学生時代に付き合っていた女性が部活でフラメンコを踊っていて、よくタブラオと呼ばれる踊りの見れるライヴ・ハウスに連れていってくれたものだった。翔太も踊りをやればいいのにとよくその女性は言っていた。体育大学に行くほどの者だから運動神経は人一倍あった。スペインの男性フラメンコ舞踏家、アントニオ・ガデスに少し似ているといわれたことがあった。もっともそのあとで翔太はそのアントニオ・ガデスの写真を見て、その男らしい端正な顔立ち体つきからしてお世辞である事が分かったのではあるが。
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