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10年以上、フォルスを奴隷として従えてきたデフが初めて、フォルスに恐怖を感じた。
闘技場で魅せるあれ程の強さと残忍さを兼ね備えた男が何故こうも今まで自分にへつらってきたのかわからなかったが、たった今、わかった。
偽っていたのだ……false(フォルス)という名の通りに偽物の存在でいたのだと。
そして、目の前にいる本当のフォルスの黒く渦巻くような深い深い邪悪な瞳に呑み込まれんばかりだ。
「ぐぬぬ……わ、わかった! こいつらには人間として最低限の生活を保証する!
約束する! だから、絶対に勝て! いや、貴族を勝ち取れ!」
「もちろん…俺は俺の夢と希望のために全力を尽くすよ」
いつも表情を出さないフォルスもこの時ばかりは満面の笑みを浮かべて、デフの肩を叩き、その横を通りすぎた。
ミイラ取りミイラとは、まさにこのこと。
太ったデフでさえ、痩せこけて見えるほどに精神をやられていた。
そして、一刻も早く都でこの恐怖の権化を貴族に押しつけたいと考えていたときだった。
「そういえば……」
「なっ!?………なんだよ?」
後ろから声をかけたとはいえ、あまりのデフの怯えようにフォルスは肩をすくめて、ため息をつく。
「なんて家だ? その有名貴族とは?」
フォルスは終始、表情が柔らかくにこやかだった。
もう、ここで無気力や無表情を“偽装”する必要が無くなって、本来の彼が現れたのか……はたまた、この彼も偽者のfalseなのか。
フォルスの恐怖に当てられながらも、デフはくぐもりそうな震えた声で答えた。
「キャ、キャキャキャ……キャスティン家……だ」
その言葉にフォルスの顔から瞬時に笑みが消えた。
……と思えば、すぐに口元が綻ぶが、その瞳は決して笑ってはいなかった。
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