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───何千もの人間がいるはずの闘技場でその全ての人間はたった一人のただの奴隷に、言葉も心も奪われてしまっていた。
「むぐぅぅぅ………」
それはこの国の貴族の頂点をいくガロスとて同じでただ目の前の現実に唸るしかない。
貴族間の情報に精通しているガロスの評価から決してジン・キアヌスは弱くなく、逆に今回の剣闘参加者で随一と見立てていた。
しかし、結果は無名の地域の無名の奴隷小屋のまったく無名のノーマークの奴隷剣士がその見立てもジン自体も真っ二つの一刀両断にしてしまったのだ。
そして、ガロスはためらう───
『こんな得体の知れない男を我が屋敷に連れ帰っていいものか?』
断ることは簡単だったが、それはガロスにとってキャスティン家はたかが奴隷に臆したという汚名にもなる。
答えが煮え切らない……頭をガロスが悩ましている時だった。
「……良いっ!」
すぐ近くから聞いてきた声にガロスは驚愕する。
「最高じゃないっ!!」
新しい玩具を見つけた子どものような無垢な笑顔でエレスティーナは身を乗り出して、去っていくあの男を絶賛していた。
あれだけ無気力な娘がこんなにも必死にそして、心の底から笑っているのは何時ぶりだろうかガロスは思い、そして、答えは決まった。
「あやつか……」
「えぇ…こんなにも心踊らされたのはホント……“クルス”以来だわ」
その名を口にしたエレスティーナは胸を高鳴らせる。
「楽しみだわ……“フォルス”」
その笑みは何より無垢で何より恐ろしかった───────。
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