戦慄の劇場で…

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小鳥のさえずりが聞こえ始める日の出から間もない頃。 広い中庭の中で一際目を引く樹の下には無人の車椅子があった。 車椅子の背もたれに備え付けられた収納スペースに手を伸ばして、中から一冊の本を取り出すと黒髪の少女リーナは人知れず趣味を楽しむ優雅な時間を満喫し始めた。 部屋に居ては息が詰まり、いつ活発な姉が来て、貴族社会的に虐げられている趣味を口うるさくどやされるかわからない。 しかし、足が悪く、歩けぬ身分としては、あまり遠くにも行けない。 そんな諸々を考慮して、リーナの憩い場は中庭の樹の木陰に落ち着いたのだった。 理由はわからないが不思議と姉もここには寄ってこないので、さらに好都合だった。 「はっ!? ……ついに告白するのね!?」 主人公とヒロインが想いを相手に伝えるシーンという気持ちの盛り上がるページに入ってリーナは吐息を荒げて顔を本に近づけ、意識を趣味の恋愛小説の世界に入り込ませた。 そのためか遠くから唸りを上げながら近づいてくる暴風には気づけなかった。 ─────バサバサバサッ!!!! 「ちょっ!? いやっ、何この風!?」 片手で靡く髪を押さえながら、リーナは何とか風で捲れて変わっていくページに指を栞代わりにして死守するがそれまでに積み重ねてきた高揚感は台無しだった。 そして、リーナは思った。 今、木陰から顔を出して後ろを覗けば、昨日やって来た隷属剣士がその者のトレードマークの白黒頭を下げて待ってるんじゃないかと……。
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