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ハア、ハア、ハア……。
暗く静かな、夜の森の中、絶望に包まれた息遣いが響く。
「たっ、頼む! みっ、見逃してくれ! こっ、子供も、女房も待ってるんだ! だっ、だから、頼む!」
鎧に身を包んだ男が、声を震わせている。
男の右肩からは、赤黒い血が溢れ出し、本来あるべき部位――腕が無くなっている。
必死に哀願する男の周囲には、沢山の死体――正確には人間だったであろう、肉の塊が、散乱している。
そんな男の前には、黒髪の少年が立っている。
少年というには幼すぎるその少年は、顔を血で赤く染めている。
その瞳は、冷たく漆黒の眼光を放っている。
それは、滑稽で惨めな光景だった――大人の屈強そうな男が、少年を前に跪き、怯えながら後ずさりしている。
少年は身体の大きさからして、長すぎる刀を、ズルズルと引き摺りながら男に近づいて行く。
刀は、刀身が赤く染まっている。
「わっ、分かった! とっ、盗ったものも返す! かっ、金か!? くっ、食い物か!?」
――恐怖に震えた表情、絶望を含んだ笑い声、脈絡もない譲歩――
そんな男を少年は、笑うでもなく、怒るでもなく、ただ見ている。
まるで道端でゴミを見つけたような、なんの感傷も抱いていない、そんな目だ。
次の刹那、男の首から上の部位が高く舞い上がり、赤い神秘的な色合いの液体が、夜空へと噴出した。
少年はそんな光景を、誇るでもなく、悔いるでもなく、ただ見ている。
それはまるで、呼吸――普通過ぎて、気にも止まらない行動の一つのような――だった。
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