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「大丈夫か?」
ゆっくりと目を開けて俺を見上げた美咲に、お前が言うなとばかりに俺を睨んだあと、小さく一度頷いた。
「……約束だろ。早く風呂、行ってこいよ」
むすっとした赤い顔を背けての美咲の言葉。
まだ匂いを気にしているのがそれでわかり、「はいはい」と応えて美咲を起こし、頭を撫でた。表情は依然ムッとしているが、嫌がってはいない。
「シャワー浴びてくるから、飯頼む」
口元をむずむずとさせて美咲は頷く。本当は俺に笑顔を向けたかったのだろうが、「俺はまだむかついてるんだからな!」という顔を無理に続けているところがまたいじらしい。
無意識に笑っていたら美咲に「笑ってないで早く風呂行けっ!」と背中を押された。「わかったわかった」と言い、美咲が放ったもので汚れたエプロンと布巾を持ち、先に洗濯機に突っ込んでから風呂場に向かった。
あんなかわいらしい姿を見せられたら、誰だって口元がだらしなく緩んでしまうものだ。だから俺が、このかっこいいとは到底言えないにやけた表情になるのも仕方がないことだ。
俺が風呂場に入ると、浴槽には既に湯が張ってあった。気を利かせた美咲が準備しといてくれたんだろう。
小さく笑みを浮かべた俺は、髪と体を丁寧に洗った。美咲が気にする匂いが完全に消えるように。それからゆっくりと湯に浸かり、体の疲れを癒した。
風呂から上がって脱衣所に戻ると、着替えが置いてあった。どうやら美咲が持ってきてくれたようだ。
「新妻みたいだな」
シャツに袖を通し、髪を拭きながらリビングに向かう。風呂上がりで暑いから、ボタンは留めていない。
ドアを開けると帰ってきたときと同じように、いい匂いが鼻に届く。適当に髪を拭きつつダイニングに向かうと、ちょうど美咲が料理をテーブルに並べていた。
「美咲」
「あ、獅毅。……って、ちゃんとボタンしろよ。風邪引くぞ」
「じゃあ美咲がして」
「じゃあってなんだよ。じゃあって」
ぶつぶつと文句を言いながらも俺のほうへ来て、ボタンをボタンホールに嵌めていくかわいい恋人。
「……ん。よし」
ボタンを留めながら俺の体に顔を寄せ、くんくんと匂いを嗅いだ美咲。合格点を貰えたようだ。
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