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「獅毅……?」
小さく名前を呼んでみてもやっぱり返事はない。
寝ている。獅毅は寝てるんだ。
自分の心に言い聞かせるように何度も胸の内で呟く。ごくりと唾を飲み込んだ音がやけに大きく響いた。
「……し、き」
行為中のときのような甘く掠れた声が出た。
寝息を吐き出すために薄く開かれている唇に、誘われるようにして自分の唇を寄せる。苦しい体勢なんてまったく気にしなかった。
軽く。本当にちょっとだけ。唇同士が触れ合った。
「……っ」
掠めるようにしたキスは想像以上に興奮し、想像以上に恥ずかしかった。それはキスをした相手が、獅毅が眠っているからだろう。
寝込みを襲う、なんて大袈裟なものじゃないけど、俺にとってはそれと同等なほどのことで。なにか“イケナイコト”をしてしまったような背徳感があった。
林檎なんか目じゃないってくらい真っ赤に火照った顔を両手で扇いで冷ます。その間もちらちらと眠る狼に視線を送ったが、依然小さく寝息をたてているので、俺は安堵して目を瞑った。
だからさっき触れたかどうかも危うい薄い唇の端が、微かに上がっていたことに俺は気づかなかった。
+++++++
それからすぐに獅毅は自然と目を覚まし、俺は内心焦ったが、なにも追及されなかったので安心した。
……のも束の間。
ベッドの上で乱れ、喘いでいる最中に、俺が寝ている(と思っていた)獅毅にキスをしたという話を持ち出され、かなり動揺し焦った。必死に否定すればするほど、俺を穿つ男は言葉巧みに俺を追い詰め、体のほうも虐められた。
最終的に与えられ続ける快楽と、焦っているのとでわけがわからなくなって混乱。決壊した涙腺からどばどばと涙を零し、「ごめんなさい。許して」と謝りまくるという非常に情けない始末。
獅毅はというと端正な顔に汗と一緒に苦笑いを浮かべていた。そして「虐めすぎた」と言って、優しいキスで俺を宥めるのだった。
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