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ズボンをぎゅうっと握りしめた手の甲にポタポタと雫が落ちたことで、自分が泣いていることにはじめて気づいた。
「……っ?」
なにかが来たと思って顔を上げれば、一匹の赤いバンダナを首に巻いたゴールデンレトリバーが俺の前でおすわりをしていた。つぶらな瞳が俺を見つめている。
「なに?」
そう聞けば、犬は俺の膝に足をかけて伸び上がり、涙に濡れた俺の顔を舐めてきた。
びっくりした俺は少しの間停止していたが、小さく笑みを浮かべて黄金色の毛に覆われた大きな体を抱きしめた。
「お前、俺を慰めてくれてんの?」
もちろん犬は俺の問いに答えることはない。
でも別に答えがなくったって構わない。俺はこの犬が俺を慰めてくれているように感じたんだから。
それでいいんだ。
+++++++
「美咲!お前こんなところにいたのか。探したぞ」
低い声が聞こえて、肩が僅かに跳ねる。
俺は犬を抱きしめる力を少しだけ強めただけで顔は上げなかった。
「美咲?どうした?」
俺の様子が変なことに気づいた獅毅の声が柔らかく優しいものになる。顔を上げろと何度も促してくる。その度に嫌だと首を振る。
そのとき。
「鳳さーん!」
高い声が獅毅を呼んだ。
ハッとして顔を上げれば、さっき獅毅と話をしていた女の人が駆け足でやってきた。
獅毅が俺から目を離し、その女の人を見る。腕の中にいるゴールデンも女の人の声に反応し、俺から離れていく。
泣きそうに顔を歪めても誰も気づかない。誰も俺のほうを向いていないから。
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