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「もういらないのか?」
「え?」
言葉とともに向かい側にいた獅毅が隣にやってきた。そしてそのまま肩を抱いてきて、俺はぎょっとした。
「ちょっ、なっ、おま…ここどこだと思って!」
「大丈夫だ」
なにがっ!?
根拠はっ!?
「この席は人目につかないから」
確かに今俺たちが座っている席は人目につかない。店の奥に位置しているし、個室みたいな雰囲気を出すためにお洒落なパーティションで区切られてもいる。明かり取りのために窓はあるけど、それも高い位置にあって外から中を見ることは不可能だ。
でもな!
例え人目につかなくったって、こんな公の場所で密着すんのは嫌だ。見られる確率は0じゃないんだ。だからいつ人に見られるかわかんないんだぞ?
「やだって!見つかったらどうすん、ふがっ」
「そうやって喚いたほうが見つかる」
言い終わる前に獅毅の手が俺の口を塞ぐ。もごもごしながら抵抗すれば、耳元で内緒話をするようにして上の言葉を吹き込まれた。
その言葉はもっともなことだったので、俺は素直にコクコクと頷く。そうすれば手はすぐに離された。
「で、いらないのか?」
「なにが。つーかさっきも言ってたよな」
「ケーキ。嫌そうな顔してフォークでつついてた」
「いや…それは別にケーキがいらないってわけじゃ」
「なら、どうしたんだ」
それ、聞く?
ってか聞かれても答えられるわけない。ので、俺はなにも言わずにケーキを口に運んだ。
対して獅毅はなにも言わない俺を見て、片眉を少し跳ね上げた。ただそれだけ。あとは黙ってカップの中の黒い液体を啜っていた。
黙々とケーキを口に運び、最後の一口を食べ終わったあと、ちらりと横目に獅毅を窺う。
俺が見ていることに気づいた獅毅。目だけがこちらを向く。視線で「なんだ?」と問いかけてきたが、俺はやっぱりなにも答えられずに目を逸らした。
獅毅は俺の横で苦笑している。
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