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脳細胞がたてるプチプチという音を聴いていた。目の前にいる斉藤可奈子に瓜二つの女は訳のわからないことを言っている。これはドッキリなんかじゃない。ドッキリならこんなこと言うもんか。この女は気違いかもしれない。気違いならあんな風に非常識な呼び鈴の鳴らし方をしていたことに合点がいく。僕はゆっくりドアを閉めた。彼女の笑みがドアの向こうにフェイドアウトする。  僕はドアに鍵をかけてチェーン錠も引っ掛けた。ドアから一歩下がってきちんと戸締りができていることを確認した。窓もしっかり閉じてロックもかけた。物干し場に向かう窓は夕方に雨戸を閉めたしこれでもうできることはなくなった。警察に電話をかけても警備会社にかけても誰も出ないのだからとりあえず自分にできるのは戸締りくらいしかなかったんだ。  一息つきたくなって、ベッドに腰掛けていたら不意にテレビが見たくなった。でも僕のLDKの部屋にはテレビがない。テレビを買わないでいたことを後悔した。買わなかったのはテレビというものがあまり好きになれなかったからなんだけど、それについては今考えるべきことではなかった。  僕は外の気配を窺がった。ドアに耳をつけても何の音も聞こえなかった。ドアについている外を覗けるレンズみたいなやつ(これの名前はなんていう?)から見ても誰もいない。  それから五分くらい様子を窺がったけど変な様子はないみたいだ。それにしても、ようやく会うことのできた人間が気違いというのは救われない気分だ。 僕は頭の中で一杯になっている感情を追い払うためにオーディオのスイッチを押した。中に挿入されているカズカズコのCDを取り出して、別のCDを入れ、トラックを操作してベートーヴェンの交響曲第九番歓喜の歌にあわせた。静かな序盤を聴いているとなんだかすべてがどうでもよくなってきた。
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