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何でもいいじゃないか。今の状況も斉藤可奈子そっくりな女が尋ねてきたことも、どうでもいい。 僕は眼を閉じて第九に集中した。 序盤のところどころ静な予感と噴出す音を聴くと妙に期待してしまう。どこか近くでドアをぶち破るみたいな不協和音がしたけど本当にどうでもいい。僕の部屋のドアが破られた音じゃない。クライマックスに差し掛かる前の音律を聞いているときに気持ちが一番落ち着く。隣の部屋からエンジン音みたいな音も聞こえたけど僕は気にしなかった。僕の部屋は平和だ。曲が始まってから約五分(正確に5分)でクライマックスが爆発する。 僕は眼を開けたのと同時にタクトは振られて音が歓喜した。さらにそれと同時に僕と向かい合う白いなんでもない壁が不協和音と共に裂けた。 ヴィイイ、ヴィイイ。 エンジン音を立てながらチェーンソウの刃が壁を走っている。とても超現実的な光景だった。歌が始まる正確に6分28秒の時点で壁には女性一人が通れる程度の穴が開いた。たしか隣に住んでいたのは山口という学生風の男だったはずで穴が開いたということは山口の部屋と僕の部屋が繋がったことを意味している。穴を通って自分のことをサポーターと呼べと言った女が現れた。手には小型のチェーンソウを持っている 彼女はチェーンソウを鳴らしながら、まずこのうるさい音楽を止めるように言い、それから自分の話を聞くように言ったので僕は素直に従った
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