820人が本棚に入れています
本棚に追加
煙草の煙を吐き出す。
窓から吹き込んだ風で、一瞬で掻き消える。
俺は煙草をくわえたまま、缶ビールを片手にベランダに出た。
(もう、ビールやと寒いな)
ひんやりとした風。
まだ冬と呼ぶには早いけれど、あの日の感覚を呼び起こすには充分だった。
(…時間が解決するって、嘘やな)
ぼんやり思う。
こんなに永い時間が経って、取り巻く状況も何もかも変わったのに。
本当に忘れられないでいる。
「一生忘れない」と、あの日思った井本の顔が。
ぺき。
空になったビールの缶を弄びながら、暫く考えた。
携帯を取り出す。
迷ったが、発信した。
――もし。
――もしも、この電話が繋がったら。
期待を込めて携帯電話を耳に当てる。
流れてきたアナウンスに、少し笑う。
『おかけになった番号は――』
「…はは、」
そらそうやんな。
わかっていた結末。
俺はどうすることもできず、ただ無機質なアナウンスを聞き続けた。
【第二十一話・過ぎる】
最初のコメントを投稿しよう!