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「ほんならな」
「あ、はい」
男は郵便ボックスから取り出したダイレクトメールをひらひらと振りながら、ガラス扉の向こう側に消えていった。
二人、マンションを出て大通りまで歩く。
「さみぃ」とか「腹減った」としか言ってこない若林に、少々じれてこちらから切り出した。
「同じマンションなの」
「ああ、今の人?上の階に住んでる」
「…ふーん。すごい偶然ですな」
「?どういう意味」
きょとんとする若林。
すっとぼけているようにも取れるその態度に、つい言葉尻が尖る。
「…同級生紹介したりするかね、普通」
「あ?」
「案外、ちゃんとした付き合いだったんじゃないの」
「何の話してんの」
きょとん、を通り越して怪訝そうな若林。
自分だけが小さな事に拘っているような気がして、気持ちがささくれ立つ。
「…同級生でしょうが、あの人」
「?誰の」
「藤原さんの」
「えっ?」
「え?」
え?
ぱちぱちとまばたきを繰り返す若林の黒目がぴかぴかと瞬く。
まさか知らなかったのか、とか。
どういう事よ、とか。
いつかの写真にばっちり写ってたでしょうが、とか。
言いたいことは色々あった。
けれど、それより何よりきょとんとした若林の表情があんまり可愛らしいので、ついついぼんやり見入ってしまっている俺はやっぱりヤバいことになっているな、と思った。
【第二十二話・色惚ける】
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