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「山里さんにご迷惑掛けなかったかしらね」
「あ?なんで知ってんのお前」
「アナタが言ったんでしょうが」
「うそ。俺言った?今日、飲みいくってぇ?」
「そうよ」
嘘。本当はミツボーイに聞いた。
俺の決してうまくはない嘘に気付く様子もなく、ふぅん、と独り言のように呟く横顔。
何となくふたり、家まで並んで歩き始める。
長く伸びる影と、街灯。
まだすぐには咲かなさそうな花のつぼみ。
「お前、焦ってんだろぉ」
不意に。
酔っ払いが、嬉しそうに俺の顔を覗き込んだ。
「焦っちゃいないよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃあない」
「俺が、」
どっか行くとかぁ、思ってんだろぉ。
黙って、バレないようにため息をつく。
酔っ払いの相手は楽じゃあない。
第一、行くって何処に。
“ぜってぇ、やだ”
いつかの、あの帰り道で。
絞り出したようなその声が、
みるみる潤んでいく目が、
ぎゅうぅっ、と。
俺の端っこを必死につかんでいたから、
俺は何処にもいけなくなった。
遠くに行きたいと、
正直思う時もあるけれど。
俺は何処にも行けやしない。
あんただって、そうだろう?
おわり。
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