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「ほんなら、行く、わな」
「おん」
気持ちとは裏腹に、割とあっさり返事をすることができた。けれど、目は見れなかった。
一瞬の沈黙。
あいつが、俺が顔を上げるのを待っている気配がした。
(…あかんな、)
顔見られへん。
ちゅーか見せられへん。ひっどい顔しとるで、多分いま。
一拍おいて、覚悟決めて顔を上げた。
目が合った途端、折れそうになる心。
ひっどい顔してんのは、こいつもやった。
手を延ばして触りたかった。
けどもう、距離があった。
あの部屋を出たら、こいつはもう他の誰かのもんで。
物理的にはたったの一歩のはずの距離は、どーしょーもないくらいにデカい。
“ほんまの最後や”
こいつの言った言葉の意味を、ちゃんと理解しとったから。
俺は何度も頭ん中、繰り返しとった。
ほんまの最後。
ほんまの最後。
俺ら、ほんまにこれで終わりにしよな。
ざざ、
風が吹いて、
一瞬そこいらじゅうが真っ白になる。
歩き出したあいつの頭のてっぺんに、ひとひら乗っかった花びら。
追っかけてって「ついてんで」て指先でつまみ上げて、何のことか一瞬分からずにキョトンとしたあと「ああ」と笑うあいつの顔が見たかった。
どこをどう歩いたんか分からんまま帰って、電気より先にテレビをつける。
ニュースでは、明日の天気予報。
桜はもう終わりや、と。
ニュースキャスターが柔らかい声で言うた。
花散らしの春の嵐、やと。
ほんまに、ほんまの、最後やと。
おわり。
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