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「…亜樹(あき)」
「亜樹。うん、いい名前ね」
(だから…アナタがその名を忘れないように願うわ)
私は多分、幾度となく人の名を記憶から奪ってきている。
彼女もまた、そうなるのだろう。
代償は『記憶』。
厳密には、時の移動に比例して徐々に記憶を消失していくという代物。
時を渡れば渡るほど、記憶は彼女の中から失われていく。
彼女はまだ、この代償の恐ろしさを知らない。
私は歩みを再開させて、扉の向こうへと彼女を誘った。
そして二人で扉の先へと足を踏み込む。
「あ…あぁ…!!」
彼女は感嘆とも驚きとも言えないような、あらわしようのない言葉をもらす。
眼前に広がる世界は、いままでに見たことがないであろう不思議な空間で、様々な色が混じりあい、そのあちこちに似たような扉が散らばっている空間だった。
…私の役目はここまでだ。
「ここは時間の流れを辿る空間よ。後はアナタ次第。望む時間の扉を手にとりなさい?」
亜樹は顔をほころばせながら周囲を眺めている。
無邪気に、事の残酷さも知らずに、ただただこの空間に魅入られていた。
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