4人が本棚に入れています
本棚に追加
「ごめん」
放課後の医務室。
練習による掛け声がテニスコートから流れ込んでくる中、部屋の中はいたって静かで、そのせいか若干の気まずさを感じる。
おれは部屋に充満しているアルコールの独特の香りを肺いっぱいに吸い込んで、謝罪と共に盛大な溜息をついた。
「あはは。いいよ、気にしてないから」
医務室の使用報告書を書き終えた虎次郎がベッドに横たわっているおれへと歩み寄る。
そして畳んである状態だった椅子をかけて、ゆっくりと腰を沈めた。
「それより、大丈夫なの?」
虎次郎が腰を下ろしたことにより、互いの顔の距離が急激に縮まる。
おれは虎次郎との間に壁を作るように、布団を鼻の上まで引っ張った。
「なんとか……」
これ以上は何も聞かないでくれと言わんばかりに目をそらしたが、それでも、虎次郎は気にも留めない素振りでおれの方に乗り出す。
「でも辛そうだよ。ふらつく程具合が悪いなら休めばよかっただろ?」
「う……」
言葉に詰まって更に深く布団に潜り込んだ。
こんなに無理をしてでも練習に来る理由。何よりも、どうしても今日ここに来たかった理由。
そんなの、言えるはずがない。
虎次郎も、黒羽も、おじぃも、誰も知らない。世界でただ一人おれだけが知っている理由なのだから。
こんなところで安易に言うわけにはいかなかった。
最初のコメントを投稿しよう!