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しばらく布団に潜って、自分の世界を作っていたおれを虎次郎は呆気なく現実に引き戻す。
突然布団で遮断されていたおれの顔を外気にさらしたのだ。
そして覗き込むように、じっと見つめてくる。
あまりにもまっすぐ見つめられて、思わず声が上ずる。
「こっ虎次郎?」
「武蔵……熱もかなりあるんじゃない?」
「え……?」
おれがその問いに答えようとする前に、虎次郎は左手をおれの額に乗せ、右手を自分の額に当てた。
熱のせいか冷たい虎次郎の手の感触が伝わってくる。
途端に心臓が悲鳴を上げる。
だけど。
それと同時に思いだされる過去の記憶――。
額と額を合わせて、熱を測っている虎次郎の姿――。
慌てふためく相手に、虎次郎が愛しそうに笑みを零すところでおれの記憶は途絶えている。
そこまでしか見えなかった。いや、それ以上を見ることを恐れて逃げだしたのだ。
後悔がおれの胸に押し寄せる。
今、虎次郎の手から、逃げればよかった。
あのことを、思い出すんじゃなかった。
あの時、見るんじゃなかった。
そうすれば、"違い"に気づかないですんだのに――。
それでも普段より近い顔に、顔に触れる手に、体中が熱を持ち、脈を打つ。
――違う。心臓がうるさいのは、風邪をひいているからなんだ。
こんなに苦しいのは熱のせいなんだ。
他の意味なんてない。
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