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そう自分に言い聞かせるように何度も何度も脳内でその言葉を咀嚼した。
もちろん、この鼓動の意味も、胸の痛みの本当の原因もちゃんとわかっている。
でもその方が楽だから。そう思った方が簡単だから。
今なら、どんなに悲痛な顔をしても熱のせいだと言えるから。
おれは無理して笑うことをやめた。
色々考えるのをやめた。
すがるように、額に乗っていた虎次郎の手を掴んだ。
ずっと、この時間が続けばいい。
今だけは、その瞳に唯一映る人物になりたい。
重い瞼を必死にこじ開け、虎次郎の瞳を見据えた。
「武蔵……」
虎次郎の眼が見開かれたのは、驚きによるものなのか。はたまた困惑によるものなのか――。
一瞬だけ後者であって欲しいと思ってしまったことが、必死に隠し通している普段の自分の考えと、なんとも矛盾していて我ながら滑稽だと思った。
それでも、目の前のこいつに困って欲しいと思った。
それで、少しでもこいつの中の自分を大きくしたいと思った。
だけど虎次郎が次の反応を示す前に、携帯電話の着信音が部屋中に響いた。
今のおれには二人の時間の終わりを告げる音に思えた。
その音に、おれに掴まれていない方の手で、ポケットから携帯を取り出す虎次郎。
小さな端末を開き、虎次郎が遠慮がちにおれの方を見た瞬間、おれはゆっくり手を離した。
本当は離したくなんてなかった。
電話なんて放っておいて、おれだけを見ていてほしい――。
なんて自分本位な考えなのだろう。
自分がこんなにわがままで、こんな醜い感情を持ち合わせているなんて知らなかった。
それでも、こんな醜い自分を虎次郎に見られたくない。
だからおれは傷を負うことを代償として笑顔という仮面をかぶった。
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