夏の匂い。

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毎年遊びに来ていたのに、小4の夏休みを最後に行かなくなった。 引っ越しをして交通の便が悪くなったのも理由のひとつだった。学校の友達と遊ぶのが楽しい時期でもあったし。 ここに来て過ごす毎日がとても楽しかったのは漠然と覚えてる。毎日遊んでくれたのは誰だっけ。朧げな記憶しかなくて、思い出そうにも靄がかっていて上手くいかない。 何かが邪魔してる。ハッキリとそう感じた。 昔の俺を知ってるひとが目の前にいるのに思い出せないのが歯がゆくて。 先を歩く後ろ姿を懐かしく思うのは気のせいなんかじゃない。 「ねえ、名前教えてよ」 「あー…、それはダメ。」 「どうして?」 「解けちゃうから、催眠術。」 それならなおさら、 「なんで?俺、思い出したいんだけど」 「いや、だってさ…お前が思ってるよりずっとややこしいんだよね…」 「なにそれ、どういうこと?」 「うーん…。 今度会えたら教えてやるよ。」 「そうやって逃げんの、ずるい!」 急に道がひらけて、気づけば麓町に下りていた。 「あれ…」 慌てて辺りを見渡したけど、自分以外の誰もいなくて。 いま、名前出てきそうだった… 勢いで呼べそうだったのに…。 やっぱり思い出させてくれねーの? 誤魔化されて、子供扱いされて。 悔しかったり、悲しかったり。そんな感情抱いてたこと、なんとなく思い出した。 『そうやって、笑って逃げんのずるいっ』 チビの俺が、そう叫んでる声が聞こえた。 .
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