日陰に咲いていた花

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どこか遠くで、何かが割れるような音がした。空耳かもしれないと思うような、曖昧な感覚だった。 ふ、と目が覚めた時には朝日がカーテンの隙間から差し込み、開いた窓から軽い湿気を含んだ初夏の風が吹きこんでいる。あれは何だったのだろうかとベッドの上でしばらく考え込んだが特にこれといった答が見付からずに、諦めて階下へと降りようと部屋のドアに手を掛けた。 「ルッツ、今日はやけに遅えな!」 ケセ、と含み笑いをしながらダイニングテーブルに朝食を並べた兄におはようと挨拶をしてイスに座り、ぼんやりと今日の予定を考える。今日は仕事も休み、書類は昨日のうちに全て仕上げてしまった。掃除をしてから、庭の手入れでもするかとコーヒーをすすりながら延々と自慢話をする兄の方を半分呆れたように見遣り、はいはいと適当に話を切り上げる。機嫌は悪くなるだろうが、ホットケーキを焼いてアイスまでつけてやれば直るだろうと打算的に兄の感情の変移を考えて、朝食を切り上げた。 兄を部屋に押しやり、リビングルームを掃除機で掃除しながら、無意識のうちに昨日の音をまた考えていた。びしりという嫌な音。気のせいだと理由をこじつけて無視してしまえば済むことだが、どうにも無視できない。 また、何かが割れるような音がした。 途端に息の詰まるような、胸の奥をぐしゃぐしゃに掻き混ぜられるような感覚に襲われ、無性に泣きたくなった。混乱しそうになる。またあの音だ、硝子を無理矢理割ってしまうような不快な音。呼吸のリズムが乱れ、床に膝を着いた。まただ、また聞こえる。びしりびしりと古い硝子が少しずつ裂けて行くような。
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