濡れる

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幾億の雫が重力に従って落ちてくる。その幾つかが僕に当たる。またその内の幾つかが一筋の線を引き、頬を流れる僕の涙と混じり、唇を濡らした時、それを合図にしたように僕の唇は開く。 「本当に、いくの?」 「いくよ、本当に。君を残していくのは、面倒見のいい私としては心苦しいのだけれど」 彼女は優しく、本当に優しく微笑んだ。そうしている間にも、また幾つかの雫が、頬を叩いた。 「君はいきて。いきていって」 何も言えなかった。彼女はもう一度だけ優しく微笑むと、重心を傾け、ビルの上から垂直に落下して──彼女はきっと、雨になった。 しばらく立ち尽くしていると、遥か下方から、サイレンが聞こえてきた。どれくらいそうしていただろうか。 僕は泣いた。サイレンも、僕の慟哭も、雨音も、雨さえ、僕の涙が濡らす。
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