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僕は『青薔薇』から数メートルのところに佇む孤独な街灯のことを考えながらカップを傾けた。手を伸ばして角砂糖の壷を引き寄せると、月世はちょっと意外そうにこう言った。
「珍しいですね。お砂糖ですか?」
「ええ。マスター、2杯目はcafe au laitにしてください」
「わかりました」
「cafe au lait??……何かへんですね?」
「いや、ちょっとカフイが苦かっただけです」
「おや、そうかな?」
2杯目を淹れているマスターが、カウンターの向こうから訊いた。
「いつもの通りに淹れたはずだけどね」
「いや僕の舌がいつもとはちょっと違っただけなんです」
「ふーん?」
「大丈夫。いつもどおりいい味ですよ」
2杯目を飲み終わるころ柱時計が9時を告げた。で僕は帰ることにした。月世が僕におやすみなさいと言ったので僕はひらひらと手を振る。マスターは窓を開けてプレーヤーから月をはずし、また元の通りに夜空へ月をかけた。ふと――そんな短篇を以前、僕は書いたことがあるような気がした。
考えてみればおかしなことだが、喋る街灯だのレコードの月だの星屑のコーヒーだのと、まったくNonsenseも甚だしい。
でも、それらが月明かりに照らされている限りは、お互いにそれを開き直って認め合えるような気がした。特に、こんな青い夜は。
帰り道をそんな青い月が照らしている。あの街灯が静かに佇んでいた。
じっと見つめていると彼は一度パッと強く輝いた。――Wink! そして何も喋らなかった。
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