合わせ鏡

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【永遠の絵画】山奥に聳える城館は大雪によって真白に埋もれている。画面右上にある尖塔の一室は四方が硝子張りなので室内の様子がよくわかる。寝台の上に少女が睡っている。あるいは死んでいるのかもしれない。画面左下にはこの城館の玄関があり、外套の襟を立てた男が今しもドアノッカーを叩くところ。この男の素性を示すものは描かれていないが、どうも医師ではないかと私は思う。尖塔で安らかに睡る少女と対照的に、男は眉を寄せて不安そうな顔をしている。男はこの城館に招かれてやってきたらしい。しかし彼はこの訪問を好ましく思っていないようだ。とても控えめにノックをしようとしている。ドアノッカーは重厚な音を立ててこの城館の侍従に来訪者の存在を報せて、……現れたのは年老いた侍従である。老侍従は男を迎え入れ、上階へと案内する。もちろん案内する先は尖塔の硝子部屋で、死んだように睡るあの少女を看てもらうためだ。「こんな大雪は何十年ぶりですな」老侍従が言う。「私がまだ子供の時分にこんな大雪がありまして、その年に大旦那様の御令愛がお亡くなりになったのでした。ここでは大雪が降りますと、きっとだれかが死ぬのです」老侍従は足音を立てずに廊下を歩いてゆく。少女が眠る室の前まで男を案内すると、老侍従は一礼してよろしくお願い申し上げますと言い、男の入室を促して自分は立ち去る。男は扉を開ける。巨大な寝台の中央で事切れたように睡る少女の脈を測ったあと、男はそっと話しかける。「さあ自分がだれだかわかるかな」「とわ」「とわ?」「それは永遠のこと」「なぜだい」「この画はそういう画だからね。私はこの画に永遠という表題を与えるつもりだよ」男は少女の言うことが理解できない。注射を打ってもう一度、脈を測る。「具合はどうだい」今度の質問に少女は答えない。静かに睡っている。ベッドサイドテーブルに臙脂色のノートが置いてある。開いてみると細かい字が並んでいる。男はそれを読み始めるが、読まなければいいのにと私は思う。
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