十六夜月

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海渡の名前を、瑠樺は心の中で呟いた。初めて聞いたはずなのに、何故か懐かしさが込み上げてくる。 鼻の奥が痛み、自然とその頬を涙が伝う。 ――その時、だった。 大理石のような落ち着いた色合いの床を、叩き割るかのようにヒールの足音が響き渡る。 店内の何人かの客が、怪訝そうにそちらを見やる。 「宇賀神ッ! アンタ、五年経っても女の子泣かせてるワケ!?」 キレ加減のタンカと共に瑠樺の後ろから現れたのは、長い脚が黒のサブリナパンツから伸びる、切れ長の瞳の女性だった。 真っ直ぐな視線が、真逆の性格のはずの集真に何処か似ている。 「折角お洒落して来てくれたのに、勝手にヘソ曲げないでくださいよ」 「るッさい!! 普段着! 確かにヒールなんか、あんまり履かな……てか、誤魔化すな!」 親しげな口調で繰り広げられる漫才に、瑠樺は胸がざわめいた。 黙ったまま俯く彼女に気付き、海渡が声をかける。 「珈南先輩も都築さんも、とにかく座って。俺は別にこのままでも構いませんけど」 赤面して周りに頭を下げながら、瑠樺と珈南はやっと落ち着きを取り戻したのだった。
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