黒い瞳

2/3
前へ
/6ページ
次へ
計画通り、あたしは男と出会った。 渡されていた写真と比べると少しばかり老けていたが、彼は確かに『北野星太郎』であろう。 黒い髪の毛が余りにも印象的だった。その他の特徴は見あたらなかった。やはり白衣を着ていて、眼鏡をかけていた。 あたしを初めて見た時の北野星太郎の表情は、すこし異常なものだった。信じられないものをみたような顔をしていた。 まあ、後々考えてみたら、それは当然である。なにしろ、あたしは服を着ていなかったのだから。 「……。なにをしている?」 「あ、ごめんなさい。お邪魔しています。あの、…迷ってしまって」 服を纏いもせず、寝室の床に座るあたしを、北野星太郎は睨みつけるようにみていた。 あたしは、記憶消失を演じるように言われていた。 あたしは余り言葉を発したことがなかったため、話し方が間違っていないか不安だったが、北野星太郎は気にしていないようなので安心した。 「え?」 「迷ってしまったんです」 北野星太郎は、混乱しているようだった。裸のあたしに目線を向けられず、視線が泳いでいた。 しかし、あたしにはそれが不思議で仕方なかった。あたしは白い部屋で服なんてものを与えられていなかったからだ。 「とりあえずこれを着てくれ、話はそれから聞かせて貰う」 北野星太郎は、自らが着ていた白衣を脱ぐと、あたしに差し出した。あたしは北野星太郎の白衣を受け取り、彼らがしているように腕を袖に通してみた。嗅いだ事のない匂いがした。 「どうして裸なんだ?」 「……」 あたしは答えられなかった。服を着る習慣なんてもともとあたしにはなかったわけだし。 「…どこからきた?」 北野星太郎は、反応を示さないあたしに少しイラついた様子だった。 「わからない」 「わからない?」 「わからないんです。ここはどこ、ですか?」 あたしが尋ねると北野星太郎は、あたしを無表情で見つめた。 「…君は、俺を知っているか?」 あたしの感覚が正しければ、北野星太郎のその表情は悲しそうに見えた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加