其の弐・残夢と幸福論

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…あら、今日和。 こんな所で何をなさっているのかしら? いえ、別に咎めは致しませんわ。滅多に人の来ない所ですから、少し驚いてしまいましたの。 私ですか? 私は人を待っておりますの。 そうですわ。お暇でしたら、少しお話相手になって頂けないでしょうか? …有難う御座います。 では、そうですわね…。 私のことからお話致しましょう。 まだ名乗っておりませんでしたわね。 私は"みつほ"と申しますわ。 とある御武家様にお仕えしております。 畏れ多いことですが、私はそのお方の乳兄妹として育ちました。幼い頃は本当の兄妹の様に接して頂いておりましたの。 今でこそ、"氷の面"などと無粋な徒名が付いてしまっている様ですが、本当はそんなこともなく、お優しい方ですの。 あの方が御小さい頃、まだ兄君様もお元気でいらして、よく笑ってらっしゃいましたわ。…今からは想像も付かない悪戯っ子で、お部屋を抜け出すと言っては身代わりをさせられましたわ。 本当に、時の流れとは残酷ですわ…。兄君を亡くされ、弟君を亡くされ、あの方のお顔から表情が消えて行くのが辛くて、何も出来ない自分が悔しくて…僅かでもと、あの方の影になることを選びましたの。畏れ多いことですが、顔立ちが少々似ておりましたので、影武者となって、お仕えしました。 それでも、神仏の加護と言うものはあるのかもしれませんわね。あの方に表情が戻って来ましたのよ。 あれはいつでしたかしら…隣国との戦がありましたの。なかなか勝負は着かず、苛立っていらっしゃいましたわ。そんなお顔を拝見するのも久し振りでしたから、不謹慎ながら、少々嬉しく思っていましたの。 何度も対峙しては引き分けて…それに幕を引いたのは相手の方でした。 急に同盟を申し入れて来ましたの。その理由も、初めて伺ったときはとても驚きました。あの方に惚れたからだと仰いましたのよ。 当然あの方はご立腹なさってましたが、そのまま紆余曲折があって、めでたく同盟と言う結果になりましたの。 それからは本当に幸せでした。 戦が無くなることは無かったですが、あの方が表情を出される度に、微笑まれる度に私も嬉しくて仕方なかった…。 それに私にも想い人というものが出来ましたの。 今でも思い出しては恥ずかしくなってしまうけれど、幸せだと思いますの。
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