行ける所まで…

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「母さんは翌年に再婚した。」 「その相手の連れ子が今の…」 ドアノブが回り、弘也は口をつぐんだ。噂をすればなんとやらで、木製の深皿を手にしていたのは祥子だった。 「いらっしゃい。お菓子よ。」 祥子は緊張感のない空元気な声で、皿を床に置く。 二人を交互に見上げて、ようやく硬さのある表情に気付いた。 「あら?深刻な顔して…」 「先輩。」 と弘也が意に反して声を上げる。驚く直人を横目に、弘也は更に続けた。 「直人と先輩は血が繋がっていないんすか?」 虚を突かれ、祥子は肩を震わせながらも迷わなかった。 「そうよ。」 「こいつ最初の時、どんな奴でした?」 「…。」 直人の方には見向きもせず、祥子は沈黙する。版権を持っているのは直人だ。 「初めて会った時の、第一印象とかは?」 普通なら聞かない。それを弘也は何とかしてほじくり返そうとしている。 遠慮や後ろめたさなんて、そこにはかけらもない。 直人は無遠慮な行為そのものより、その真意を疑った。 「弘也、どういうつもりだ。」 「お前は話さないだろ。つうか話せない。」 「お前っ、さっきやり過ぎたって…。」 「先輩。」 ベッドから降りると、弘也は膝をついて詰め寄った。 「思い出してください。こいつにとって一番大切な事なんです。」 (勝手に決めんなよ。) 本人の前で祥子は酷く苦しい顔をしだす。救済を求められても直人は見放した。 今まで散々引っ掻き回して結局祥子は自分を助けてくれなかった。 直人は見捨てた。  あんまりな仕打ちだと、分かっていて。「直人は…。」 祥子は姉らしくなれなかった。やめてよ、直人が嫌がってるでしょ、とは言えなかった。 「抜け殻みたいだった。底が抜けた花瓶みたいに。私がいくら華を中に活けても、どんどん枯れていく。」 祥子はもう直人に目を向けない。過去の直人を、今の直人にぶつけた。 「底を埋めようとするんだけど、直人は嫌がって、牙と爪をたてて抵抗する。」 違う。本当はそうしたくなかった。 ただ相手が悪かったんだ。 祥子に悪いのは分かってる。でも他に理由がないのだから仕方ない。 家族という名の他人。 非情な響きがした。
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