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「大変だったわ。まぁ、それは今でも変わらないけど…」
姉さんとは一度も言っていない。
言えない思いと、言いたくない頑固さが溶け合って、心が妙な刺を生やしていた。刺は直人の全身をとめどなく内から刺し続け、沢山の記憶と感情を空にしていく。
そんな事を話した所で、誰も分かってはくれない。
ただ相手が悪かっただけ。
弘也は変に納得したようで、それ以上追求したりはしなかった。
祥子は弘也の笑い話を一緒になって楽しみ、部屋をでていった。
「人の過去を荒らしてどういうつもりだよ?」
心の刺が言葉に乗り移る。
弘也はその変化をつぶさに感じ取り、溜息を吐き下して一呼吸置くと、いきなり直人の頭を両手で掴んだ。
「いいか。よく聞けよ。」
「な、なんだよ?」
指先に入る力を弘也は無意識に強めていった。
「お前は何も成長してやいない。それでいいならそうしろ。」
直人の痛々しい顔に、弘也の手は強度を増す。
「けどな…逃げきれると思うなよ。」
「…分かったような口きくなよ。」
「分かるね。大いに分かるね。何の理由もなく入学してからずっとお前とつるんでいるわけないだろ。」
「こっちは別に…」
「とにかくだ。」
弘也は手を離し、直人の肩をバシンと叩いた。
「何が何でもお前を純心な高校生にしてやる。大体あんな美女を姉に持ちながら…」
「姉なんかじゃない!」
あの時壊れていたボリュームの絞りが、一気に跳ね上がった。
弘也を呆然とさせる間に、直人は冷淡な目で繰り返した。
「姉なんかじゃない。」
自分でも不思議なくらい感情が声になった。
正直、自分が感情的な人間だとはちっとも思っていなかったし、この顔は鉄の仮面だと信じていた。
信じるには根拠がある。
お手製に仕立てたのだから。
「そうかよ…。」
弘也の声が直人の視線と対峙する。負けまいとする弘也の目を、直人の声は意に返さず払った。
「どうでもいいけどさ…。」
不意に笑う直人の目尻が震え出していた。
「明日は終戦記念日だよ。」
直人の世界に、潰えた戦いも、平和を愛する宴もない。
実弾にほとばしる鮮血は、直人の延髄を掠めていた。
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